「仕事部屋を訪ねて」片岡さつき(作家・美術教師)

■先ほど抽象の話がありましたが、抽象ってどんな風に描くのですか?

私は、デッサンもそうなんですが、光と影とか、空間とか、モノそのものに付属している何かを描こうとするんです。例えば、光で色を決めたり、物ではなく物の周りを描いたり…。

■ということは、抽象だけどモノは見ていると

そうです。例えば、風景写真を見ながら描くんだけど、出来上がると風景はない。ものがなくなってしまうんです。モデルさんを見ながら描いても、出来上がると人はいない。

■抽象の中には、自分の気持ちを描く人も多いと思うのですが。

そうですね。でも、私の場合は気持ちそのものが抽象になるわけではないんです。とっかかりは自分の外にあるもの。中ではなく、外、です。

■受験のときの絵などもそうでしたか?

同じです。例えば、人物を描くとして、6時間で描かなくてはならない。そして、人物の周りをどんどん描いていくんです。そうすると、人物が消えていく。色の集まりになってきます。人は、なんとなくいるかな?という感じになります。

■抽象ってもっと内向きなイメージがありますが。

自分と外部のコミュニケーションですね。自分自身、自分の中ではなく、どこかにある自分を描くというか。

■形は消えて、残るものはなんでしょうか。

自分の作品にタイトルをつけるなら、景色の名前であったりと何かはあるんです。最初のきっかけの、何か、が。過剰に描いて、そぎ落とすような感じですが、そういうのも含めて作品に対して自覚を持ってはいます。

学生時代、自分の作品に「無題」とつけて、教授に説教されたことがあったのですが、自分の作品だから、自覚がないといけない。デッサンもそうです。自分の作品に責任を持つことはとても大事で、責任がないということは「対象を見ていない」絵になりますね。